アリシアの言葉には、呆れとも嘲りともつかない色が混じっていた。ヴィクターをよく知る者にしか出せない、皮肉な態度……
「色々とご親切に、ありがとうございました。おかげで少し景色が晴れた気がします」
アリシアは一拍おいて振り返ると、店先の職人とその家族に軽く頭を下げた。
「おう、また舞台で見られるのを楽しみにしてるよ」
職人の声に、周囲の何人かも頷きながら手を振った。
アリシアは穏やかに微笑んで、セラと共に石畳の通りを後にした。その背に続くように、春の陽光がほのかに差し込む。
空には白くほどける雲が浮かび、午後の日差しが屋根の縁を金色に照らしている。
「アリシア……本当にこの街にいるの?」
セラがためらうように尋ねた。
「いるはずよ。アークセリアは安全な街だけど、他はそうでもないからね。自分の身を守らなければならない危険な場所に行くはずないもの」
アリシアは歩を止めず、視線を前へ向けたまま答えた。
アークセリアはヴィクターが潜むには一番、理に適っている。安全で人が多く、気配を紛らせるにはうってつけの場所だ。
「私の村は安全だけど……あんなところに来る旅人なんて、殆どいないし」
セラの声は、どこか遠くを懐かしむようだった。
セラの住むカレンド村は、ゆるやかな丘と風に揺れる麦畑に囲まれた小さな牧歌のような集落だ。
観光地として賑わうこともなく、地図の端にそっと置かれたままの静かな場所。外から人が訪れる理由もなければ、わざわざ通りかかるような道筋にもなっていない。そのような場所にヴィクターが向かうとは考えにくい。
「他の街は、どこも警備が厳しくて、はっきりした目的がなければ門を通してもらえないし、身分証の提示も求められる。あらかじめ登録された許可証がなければ、中に入ることができないの」
そう断じると、アリシアはわずかに声を落とし、そして続けた。
「安全で人の出入りも多い街となれば、ここしかないのよ。リノアを追って来ているはずだしね」
リノアがアークセリアに向かったことは、村長のクラウディアから聞いている。ヴィクターはこの街に来ているとみて良い。
「ねえ……そのヴィクターって人、どんな人なの? 危ない人?」
セラは足を止め、ためらいがちにアリシアを見上げた。
「全然、あいつ一人では何もできないよ」
アリシアは笑みを浮かべて言った。
「正面からぶつ